川中島合戦伝承地 八幡原 一騎打ちと結びつけられた穴が開いた石

「甲陽軍鑑」には、武田信玄を救うために上杉謙信を槍で突こうとした原大隅守(はらおおすみのかみ)が、焦ったため思うように突くことができず、馬の尻を叩いたため驚いた馬が暴れ、謙信は(それ以上切りつけることができずに)立ち去ったと描かれている。この石は、このとき原大隅守が謙信を「取り逃がした」と残念がり、かたわらにあった石を突いたところ、無念の気持ちの強さで石を突き抜いてしまった、という物語の「証拠」として伝えられている。だが、このエピソードは「甲陽軍鑑」には無い。また、江戸時代後期の『善光寺道名所図会』に描かれているのは、尻を叩かれた馬が暴れて謙信が落馬したが、すかさず上杉家の家臣らに囲まれて引き上げ、対する信玄も退いたという一騎打ちの終幕である。こちらにも「槍に刺された石」の話は出てこない。石の穴の由来として、よくできた物語だが、石そのものも現地のものではなさそうで、後世付け加えられた「二次創作」であろう。ちなみに、上杉家の軍記に忠実に描かれた「紀州本 川中島合戦図屏風」が1992年に和歌山県で発見されたが、この屏風には御幣川(おんべがわ)の中で馬上で斬り合う謙信と信玄が描かれている。こういった江戸時代の屏風絵や浮世絵も「二次創作」である。

川中島合戦伝承地 八幡原 一騎打ちと結びつけられた穴が開いた石
出典/撮影 委員
分  類
文化財(史跡、旧宅・古跡)
地  域
更北
年  代
戦国時代
資料撮影年次
2008年(平成20年)
〔ID 1717〕