川中島合戦伝承地 雨宮の渡

「甲陽軍鑑」の物語で、武田軍のウラをかいて密かに川中島に進むため、決戦前夜に上杉軍が千曲川を渡った、とされている場所が「雨宮の渡(あめのみやのわたし)」である。「雨宮」は実在の地名で、古い神事を伝える神社が残る。現在は千曲川から離れているが、古い千曲川の流れが、大きく曲がって雨宮神社の北側を流れていた跡が地形からもはっきりしている。このようなことから、「甲陽軍鑑」の一騎打ちに関わったかどうかはともかく、雨宮が戦国時代に上杉・武田双方に知られ、渡し場になっていた可能性はある。写真は、「雨宮の渡」跡に建てられた石碑で、一騎打ちの物語を素材に江戸時代後期の歴史家・文人である頼山陽(らい さんよう)が詠んだ有名な漢詩が刻んである(頼山陽自筆)。これも「歴史(物語)が作られていく舞台」のひとつと言えるだろう。この他にも、江戸時代には、川中島合戦は浮世絵などに盛んに取り上げられている。

川中島合戦伝承地 雨宮の渡
出典/撮影 委員
分  類
文化財(史跡、旧宅・古跡)
地  域
その他(北信)
年  代
戦国時代
資料撮影年次
2024年(令和6年)
〔ID 1720〕