善光寺 本堂内部 内々陣と「来迎二十五菩薩像」
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カメラは内陣(ないじん)にあって、さらに奥の「内々陣(ないないじん)」を写している。内々陣は僧侶(そうりょ)が法要(ほうよう)などをするための空間である。内陣と内々陣の境の大きな欄間(らんま)には「来迎二十五菩薩像(らいごう にじゅうごぼさつぞう)」と「百観音像」(左右の小さな像)がまつられている。善光寺は阿弥陀如来(あみだ にょらい)を本尊(ほんぞん)とする寺だが、全国の観音菩薩(かんのん ぼさつ)をまつる寺を巡礼(じゅんれい)した人々が、最後に参拝する(結願/けちがん)ことも多い。「百観音像」は、西国(さいごく)三十三所・坂東(ばんどう)三十三所・秩父(ちちぶ)三十四所の全ての観音霊場を合わせた100を表している。「二十五菩薩」は、平安時代ころから流行した浄土(じょうど)信仰(阿弥陀信仰ともいう)で、阿弥陀如来が極楽浄土から亡くなった人を迎えに来るとき、一緒に来ると言われる25の菩薩を表している。内々陣の瑠璃壇にまつられた阿弥陀如来とともに、内陣にいる信者を二十五菩薩が迎えに来た、という厳(おごそ)かな物語の舞台である。よく見ると菩薩像が26体あるように見えるが、一体だけ光背のない比丘(びく/お坊さんのこと)像が混じっているのが善光寺の特色である。【この画像は二次利用(授業の目的以外で使うこと)が禁止されています。】
カメラは内陣(ないじん)にあって、さらに奥の「内々陣(ないないじん)」を写している。内々陣は僧侶(そうりょ)が法要(ほうよう)などをするための空間である。内陣と内々陣の境の大きな欄間(らんま)には「来迎二十五菩薩像(らいごう にじゅうごぼさつぞう)」と「百観音像」(左右の小さな像)がまつられている。善光寺は阿弥陀如来(あみだ にょらい)を本尊(ほんぞん)とする寺だが、全国の観音菩薩(かんのん ぼさつ)をまつる寺を巡礼(じゅんれい)した人々が、最後に参拝する(結願/けちがん)ことも多い。「百観音像」は、西国(さいごく)三十三所・坂東(ばんどう)三十三所・秩父(ちちぶ)三十四所の全ての観音霊場を合わせた100を表している。「二十五菩薩」は、平安時代ころから流行した浄土(じょうど)信仰(阿弥陀信仰ともいう)で、阿弥陀如来が極楽浄土から亡くなった人を迎えに来るとき、一緒に来ると言われる25の菩薩を表している。内々陣の瑠璃壇にまつられた阿弥陀如来とともに、内陣にいる信者を二十五菩薩が迎えに来た、という厳(おごそ)かな物語の舞台である。よく見ると菩薩像が26体あるように見えるが、一体だけ光背のない比丘(びく/お坊さんのこと)像が混じっているのが善光寺の特色である。【この画像は二次利用(授業の目的以外で使うこと)が禁止されています。】

- 分 類
- 文化財(有形文化財、神像・仏像)
- 地 域
- 善光寺周辺(善光寺)
- 年 代
- 江戸時代
- 資料撮影年次
- 2025年(令和7年)















