道の両側に1里(約4km)ごとに築いた塚。古代の中国で生まれ、日本でも室町時代には「一里塚」という言葉が使われている。いま「一里塚」と言うと、江戸時代に幕府が命じて街道沿いにつくられたものを指す。
北国街道内山輪店角
相ノ木通り(西方向)からみた角源商店
東部中学校
若槻小学校
信州大学教育学部附属長野中学校
長野養護学校
稲田エノキ説明
信州大学教育学部附属特別支援学校
浅川西条諏訪社④
浅川西条諏訪社①
何丸 歌碑「秋立てや 稲葉の雲の 時めける」
稲積一里塚
信州大学教育学部附属長野小学校
稲積一里塚
若槻里城跡①
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