道の両側に1里(約4km)ごとに築いた塚。古代の中国で生まれ、日本でも室町時代には「一里塚」という言葉が使われている。いま「一里塚」と言うと、江戸時代に幕府が命じて街道沿いにつくられたものを指す。
浅川西条諏訪社②
何丸 歌碑「秋立てや 稲葉の雲の 時めける」
北国街道内山輪店角
若槻里城跡③(東側堀跡)
一里塚北側松
信州大学教育学部附属長野中学校
吉田・浅川・若槻・徳間地区
古里小学校
旧北国街道 角源商店付近
吉井屋本店南側の小路
吉井屋蔵
虎塚・虎御前社・曽我塚(上駒沢)
若槻里城跡②
稲田エノキ
長野中学校
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