道の両側に1里(約4km)ごとに築いた塚。古代の中国で生まれ、日本でも室町時代には「一里塚」という言葉が使われている。いま「一里塚」と言うと、江戸時代に幕府が命じて街道沿いにつくられたものを指す。
古くから人々が行き交い、物資が運ばれてきた道のこと。鎌倉時代に使われ、江戸時代に「鎌倉街道」と呼ばれていた道や、奈良時代に国がつくった「東山道」などの官道など、道は古くからひらかれた。いま、「街道」と言うと、多くの場合、江戸時代に整備された五街道などの街道を指す。長野盆地周辺には、北国街道、北国脇往還(北国西往還)、谷街道(松代道)、大笹街道、大町街道、飯山道など多くの道があった。