道の両側に1里(約4km)ごとに築いた塚。古代の中国で生まれ、日本でも室町時代には「一里塚」という言葉が使われている。いま「一里塚」と言うと、江戸時代に幕府が命じて街道沿いにつくられたものを指す。
神代宿穀留番所跡
流死人菩提碑説明
八雲台古墳
豊野地区から赤沼地区
観音山三十三番供養塔
観音山三十三観音像説明
聖林寺跡の五輪塔群2
聖林寺跡の宝篋印塔
観音山三十三観音の一つ
観音山三十三観音像
流死人菩提碑
神代宿善光寺街道道標
豊野地区
神代街道宿場跡
豊野駅正面
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