善白鉄道
正しくは「善光寺白馬電鉄」で、長野と白馬村を電車で結(むす)ぼうとして会社が作られた。電気で走らせようとしたが、戦争前の物資不足(ぶっしぶそく)で、ガソリンエンジンに計画を変えた。1936(昭和11)年11月に営業を開始し、南長野駅~裾花口駅まで路線(ろせん)をのばしたが、1944(昭和19)年に戦争によって休止(きゅうし)を命令され、回収されたレールは資源(しげん)として当時日本が占領していたセレベス島(現在のスラウェシ島)に送られた(供出/きょうしゅつ)という。残ったトンネルを皇族の防空壕に使う計画もあった(実現せず)という。
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※長野市デジタルミュージアム「ながの好奇心の森」は、地域で守り伝えられてきた様々な文化遺産を、ゆたかな森にたとえ、デジタル化した文化遺産の森を散歩し、資料や発見と出会うサイトです。

