川の流れをせき止め、水を貯めるための構造物(こうぞうぶつ)。その目的は、災害(さいがい)の防止、発電(はつでん)、飲用(いんよう)や農業用(のうぎょうよう)の水の確保(かくほ)など、いろいろな種類に分かれ、目的によって形も違う。
1847(弘化4)年3月24日に、長野盆地西縁断層帯(ながのぼんちせいえんだんそうたい)を震源(しんげん)として起きた直下型(ちょっかがた)地震。正確な震度(しんど)はわからないが、松代藩(まつしろはん)の家老(かろう)は、「発災直後に松代城に向かうため着替えようとしたが何度も転んだ」と記録している(「むしくら日記」)。あちこちで土砂崩れが起き、なかでも長野市信更(しんこう)で起きた山体崩壊(さんたいほうかい)は犀川をせき止めたので、しばらくして大規模(だいきぼ)な土石流(どせきりゅう)と洪水(こうずい)も発生した。いまでも、その災害のあとをあちこちで観察することができる。