川柳将軍塚古墳 南側(市道)から見上げた後円部

写真は後円部を南側の市道から見上げて撮影したもの。「10m(長野市教育委員会)」とされる後円部の高さが感じられる。この方向は山麓の集落から見た角度に近いと考えられ、石葺きの高い墳丘を麓に暮らす人々に見せていたのであろう。埋葬された王は、千曲川の対岸に見える「森将軍塚古墳」に葬られた王の後継者と考えられていて、4世紀の後半から、篠ノ井から千曲川を挟んだ千曲市屋代にかけての地域を治める王が生まれ、引き継がれたと考えられている。これらの王が前方後円墳に葬られているのに対し、川柳将軍塚の北方200mほどにある姫塚古墳は4世紀中ごろに築かれたとみられる「前方後方墳」である。「川柳将軍塚古墳・姫塚古墳」が国の史跡に指定された理由には、長野盆地でこのような古墳のうつりかわりが観察できる点も含まれている。

川柳将軍塚古墳 南側(市道)から見上げた後円部
出典/撮影 委員
分  類
文化財(史跡、古墳)
地  域
篠ノ井
年  代
古墳時代
4世紀末~5世紀前半ころ
資料撮影年次
2024年(令和6年)
〔ID 1700〕