長野飛行場 正門跡

道路を挟(はさ)んで両側にコンクリート製の門柱がのこっている。カメラの位置は門の外で正門の正面付近にあたる。長野飛行場は1939(昭和14)年に開場され、1941(昭和16)年からは旧日本軍の飛行場となり、練習機(れんしゅうき)が配備(はいび)された。1945(昭和20)年に入ると拡張工事(かくちょうこうじ)が行われ、終戦直前の8月13日には太平洋の航空母艦(こうくうぼかん)から飛び立ったアメリカ軍機に空襲(くうしゅう)された。戦後は1953(昭和28)年から「場外離着陸場長野飛行場(じょうがいりちゃくりくじょう ながのひこうじょう)」として利用されたが、最終的には犀陵(さいりょう)中学校が開校される前年の1990(平成2)年に閉鎖(へいさ)された。

長野飛行場 正門跡
出典/撮影 委員
分  類
産業(運輸・通信)
地  域
芹田(川合新田)
年  代
1939年(昭和14年)/昭和前期
資料撮影年次
2025年(令和7年)
◤ピンは二つの門柱の間に置いた◢
〔ID 1780〕