山門前の善光寺灯籠
-
解説を読む

出典/撮影 善光寺の許可を得て委員が撮影
- 分 類
- 文化財(有形文化財、供養塔・墓塔)
- 地 域
- 善光寺周辺(善光寺)
- 年 代
- 1823年/江戸時代
- 資料撮影年次
- 2025年(令和7年)
〔ID 1820〕
1847(弘化4)年3月24日に、長野盆地西縁断層帯(ながのぼんちせいえんだんそうたい)を震源(しんげん)として起きた直下型(ちょっかがた)地震。正確な震度(しんど)はわからないが、松代藩(まつしろはん)の家老(かろう)は、「発災直後に松代城に向かうため着替えようとしたが何度も転んだ」と記録している(「むしくら日記」)。あちこちで土砂崩れが起き、なかでも長野市信更(しんこう)で起きた山体崩壊(さんたいほうかい)は犀川をせき止めたので、しばらくして大規模(だいきぼ)な土石流(どせきりゅう)と洪水(こうずい)も発生した。いまでも、その災害のあとをあちこちで観察することができる。
解説を読む
