善光寺 藤原采女亮碑(理美容業の開祖をまつる碑)
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藤原采女亮(ふじわらうねめのすけ)は鎌倉時代終わり頃の人で、「髪結(かみゆい)職の始め」とされることから、理容(りよう)・美容(びよう)業の元祖と言われる。昭和のはじめ頃まで全国の理美容業者は采女亮の命日である17日を毎月の休業日としていたという。善光寺の石碑は、1897(明治30)年に長野市内の理容業関係者によって建立され、法要が営まれてきた。明治30年には長野市で理容師の職業団体ができていたことや、自分たちの職業の開祖をまつる場所として善光寺を選んだことなどを伝える貴重な資料である。【この画像は二次利用(授業の目的以外で使うこと)が禁止されています。】
藤原采女亮(ふじわらうねめのすけ)は鎌倉時代終わり頃の人で、「髪結(かみゆい)職の始め」とされることから、理容(りよう)・美容(びよう)業の元祖と言われる。昭和のはじめ頃まで全国の理美容業者は采女亮の命日である17日を毎月の休業日としていたという。善光寺の石碑は、1897(明治30)年に長野市内の理容業関係者によって建立され、法要が営まれてきた。明治30年には長野市で理容師の職業団体ができていたことや、自分たちの職業の開祖をまつる場所として善光寺を選んだことなどを伝える貴重な資料である。【この画像は二次利用(授業の目的以外で使うこと)が禁止されています。】

出典/撮影 善光寺の許可を得て委員が撮影
- 分 類
- 文化財(有形文化財、供養塔・墓塔)
- 地 域
- 善光寺周辺(善光寺)
- 年 代
- 1897年(明治30年)/明治時代
- 資料撮影年次
- 2025年(令和7年)
〔ID 1827〕















