道の両側に1里(約4km)ごとに築いた塚。古代の中国で生まれ、日本でも室町時代には「一里塚」という言葉が使われている。いま「一里塚」と言うと、江戸時代に幕府が命じて街道沿いにつくられたものを指す。
北国街道内山輪店角
三才古墳
信州大学教育学部附属長野小学校
吉井屋本店南側の小路
吉田小学校
浅川西条諏訪社①
相ノ木通り(西方向)からみた角源商店
稲積一里塚(H29年3月植樹)
稲積一里塚
稲積一里塚説明
何丸 歌碑「秋立てや 稲葉の雲の 時めける」
稲田エノキ
若槻里城跡③(東側堀跡)
信州大学教育学部附属長野中学校
長野盲学校
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