昨年の春、「名古屋港水族館のバンドウイルカの赤ちゃんの名前が“ラッキー”になりました」というネットニュースが流れました。
なぜ、このような小さなニュースに目が留まるかといいますと、わたしが水族館好きだからです。水族館には、大小関係なく、必ずコンセプトがあり、それ相応の個性と魅力があります。例えば、自分ランキングの上位には、改修前の上越市立水族館が入ります。中央のメイン水槽は小規模ながら建物2階分を吹き抜けにした水槽が海の水深を再現していて、ほの暗い展示室の1階で水槽の底から魚の揺らぎを見上げていると、深海に一人身を置くような感覚にみまわれ、これが妙に落ち着くのです。
話をイルカに戻します。名古屋港水族館の赤ちゃんイルカの名前は公募で、「多くの人に愛され、幸運に恵まれて幸せに育ってほしい」という願いが込められているそうですが、かつて、ラッキーという名前がぴったりのイルカがいました。品川エプソンアクアスタジアム(現在のマクセルアクアパーク品川)のカマイルカのラッキー君です。この水族館は品川プリンスホテル内にあり、品川駅から徒歩2分。夜10時まで開館、イルカショーも夜8時開演というレイトショーがあり、大人の超都市型水族館です。
ラッキー君は、10頭余りの仲間のイルカの中で、唯一のオスイルカです。カマイルカは、体長は1.7~2.4m、他のイルカと比べると小柄ですが、その分身軽です。時速55kmほどで泳ぎ、ジャンプ能力が高く、ハイジャンプや宙返り等のアクロバティックな演技が得意です。
しかし、ラッキー君は、あろうことかジャンプが苦手で、致命的に運動音痴で怖がり、「跳べないイルカ」なのです。ショーでは、他の仲間のメスたちが7メートル余りの見事なハイジャンプを決める中、ラッキー君はどうみても2メートルくらいしか跳びません。
初めて、イルカショーでラッキー君を見た時は衝撃的でした。仲間が、次々とバーの上を跳び越えていく中、ラッキー君だけがバーの下を跳んでいきます。フラフープくぐりでは、みんなが抜けていった後、ラッキー君は、水面から頭を出し、いざ跳ぶ素振りを見せた後、すっと後ずさりして、水中に潜ってしまいました。でも、あきらめたり嫌がったりせず、むしろ堂々としているのです。
ショーでは、情熱的なアナウンスが館内に響き渡ります。「ラッキー君はジャンプが苦手です」「でもラッキー君は、今日、なんと1m70㎝も跳べるようになったんです」…ショーなのに絶対評価、このイルカのレイトショーに集った都会の大人たちは満足するのかと思っていると、「ラッキー君!すごい!」と声が上がります。「ラッキーへ声援をお願いします!」「今日は、上手く跳べるかもしれません!」と、アナウンスがお客さんを更に盛り上げます。「ラッキー君、がんばれー」と会場からは声援が飛び、お客さんたちは、もう、上手に飛んでいる子たちよりラッキー君から目が離せなくなります。会場のボルテージは最高潮、ラッキー君のジャンプを、固唾を飲んで見守り、ラッキー君の2mほどのジャンプに歓喜したのでした。それは、厳しい都会の中で、なかなか光を見出すことができないさみしい大人たちが、ラッキー君を応援し、愛することで、自分自身も励ましているようにも見えなくもなかったのでした。
ラッキー君のトレーナーは、当初、演技ができないことに厳しく接し、ご褒美もあげなかったそうです。でも、一向に進歩しないラッキー君に、この方法は向いていないと悟り、演技がちょっとでも良ければ、ほめてみたり励ましたりすることにしたのだそうです。「今日はなんと1m70㎝も跳べたんです」のアナウンスには確かに愛がありました。
ラッキー君は、その後、多くの人を魅了して一躍人気者になり、ジャンプも、4mぐらいまで跳べるようになりました。2009年、胃の病気で亡くなりました。人々に愛され幸せな生涯だったと思います。
「歌を忘れたカナリアは、象牙の船に銀の櫂、月夜の海に浮かべれば、忘れた歌を思い出す」自身の居場所を見つけることで、再び、希望を見出すことができるのだと、溺れそうなテールウォークを得意げに披露するラッキー君の姿が教えてくれるように思うのです。
(教育会監事 豊野東小学校 関川 あかね)
