「薬師洞窟と石仏群」 洞窟主要部とその地形

この洞窟がある虫倉山の一帯は、海底火山の溶岩や火砕流が積み重なった地層でできている。フォッサマグナが次第に陸地化することにより、浅い海となり、やがて陸地となった。この途中で、海の波によって削られた(浸食された)と考えられる洞窟が虫倉山周辺にはたくさんある。虫倉山の岩壁や滝、洞窟は、戸隠山と同様に聖地となっていたようで、標高がそれほど高くない(1378m)山なのに、7つも入山ルートがある。写真は洞窟主要部を遠くから撮影したもので、右手の尾根先や画面左方の尾根の反対側にも小さな洞窟があって石仏が祀(まつ)られている。年次が彫られたもので最も古い像には明和4(1767)年の年号が残る。小川村が指定する天然記念物 。高山寺の三重塔を再建した木食山居(もくじきさんきょ)は虫倉山で修行しており、この洞窟をその場所にあてる考えもあるが、山居上人の活動時期と石仏の造立年代は少しずれている。

「薬師洞窟と石仏群」 洞窟主要部とその地形
出典/撮影 委員
分  類
文化財(天然記念物、地質・鉱物)
地  域
小川村
年  代
江戸時代
資料撮影年次
2022年(令和4年)
〔ID 1655〕