真光寺ループ橋 下方からみた全体像

かつて、長野市街地と飯綱・戸隠高原を結んでいた「バード・ライン」という道路があったが、1985年に起きた大規模な「地附山(じづきやま)地すべり災害」で善光寺の北側の登り口付近で大きく壊れ、使えなくなってしまった。このあたりは「裾花凝灰岩(すそばなぎょうかいがん)」と呼ばれる白っぽく崩れやすい岩で覆(おお)われているため、新しい道の建設はなかなか実現しなかった。しかし、長野オリンピックが1998年に開催されることが決まると、「ソリ競技」や「スキーのフリースタイル種目」が行われる飯綱高原に、自動車で早く安全に行ける道路が必要になった。そこで計画されたのが現在の「浅川ループライン」である。しかし、このルートは浅川が浸食(しんしょく)した深い谷に沿っていて、防災のためのダム(浅川ダム)を作る計画があったため、真光寺付近から一気にダムより高いところに道路を繋(つな)がなければならなかった。そこで、深い谷間の空中に「らせん形」にカーブした道を組み立てる「ループ橋」の構造が採用された。写真のカメラの位置と、右上に見えるカーブした部分との落差は約45mで、長野県庁のビルの高さは約46mなので、右上のカーブまでに10階建てのビルの屋上まで登る必要がある。この落差を真っ直ぐ結ぶと非常に危険な道路になるので、ループ橋という大きなカーブを組み合わせた道路が工夫された。

真光寺ループ橋 下方からみた全体像
出典/撮影 委員
分  類
公共施設(防災・安全)
地  域
浅川(その他浅川)
年  代
1996年(平成8年)/平成・令和
資料撮影年次
2024年(令和6年)
◤ピンは写真を撮影した場所◢
〔ID 1749〕