布制神社(長野市篠ノ井石川) 「川柳将軍塚」に向かって延びる参道

一の鳥居と拝殿(はいでん)・本殿(ほんでん)を結ぶ参道(さんどう)は、少し曲がるが、だいたい「川柳将軍塚(せんりゅうしょうぐんづか)」に向かっている。この古墳(こふん)は、4世紀後半から5世紀の初め(350年頃~400年頃)にできたと考えられ、「布制神社」の勧請(かんじょう/神を招いて神社をつくること)とは時期が違う(神社の方が後からつくらられた)が、古墳が後の時代に聖地(せいち)として扱(あつか)われる例は各地にある。この参道からは、あの山に昔の貴人(きじん/身分が高い人)の墓があるという伝承(でんしょう/言い伝え)を知っていた人々が、それを神社設計(せっけい)の土台にした可能性が読み取れる。

布制神社(長野市篠ノ井石川) 「川柳将軍塚」に向かって延びる参道
出典/撮影 委員
分  類
文化財(史跡、寺社)
地  域
篠ノ井
年  代
時代不明
「延喜式(えんぎしき)」の「神名帳」に書かれた「布制神社(ふせいじんじゃ)」がこの神社なら、平安時代中ごろにはあったことになる。(延喜式は927年完成、改訂を重ねて967年から施行)
資料撮影年次
2025年(令和7年)
◤ピンはカメラの位置◢
〔ID 1770〕