今も残る「長野空襲」~小川村高府の火の見櫓 弾痕の位置
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この火の見櫓(ひのみやぐら)に残る2発の弾痕の位置関係。左手前の水平な鉄骨と、右端の手すりの支柱に弾痕がある。旧長野飛行場から小川村まで運ばれるとき、どう分解し、どう組み立てたかわからないので、2発の弾痕が空襲の時から同じ位置関係だったと断定(だんてい/言い切ること)はできない。ただ、現在の状態では、2発とも同じ方向(写真の左方向)から撃たれている。
この火の見櫓(ひのみやぐら)に残る2発の弾痕の位置関係。左手前の水平な鉄骨と、右端の手すりの支柱に弾痕がある。旧長野飛行場から小川村まで運ばれるとき、どう分解し、どう組み立てたかわからないので、2発の弾痕が空襲の時から同じ位置関係だったと断定(だんてい/言い切ること)はできない。ただ、現在の状態では、2発とも同じ方向(写真の左方向)から撃たれている。

出典/撮影 委員
- 分 類
- 文化財(史跡、戦争遺跡)
- 地 域
- 小川村
- 年 代
- 1945年(昭和20年)/昭和前期
- 資料撮影年次
- 2025年(令和7年)
〔ID 1777〕















