鐘鋳(返目土居)

鐘鋳は、平安時代ごろからあったとされる。裾花川から浅川までつながるである。現在の返目土居ができるまで紆余曲折あった。1818年平林村は違約行為をしたことで役人から2昼夜取水低処分を受けた。1839年下流五ケ村とけんかになり、奉行所は和談させ、新規の土居板を作り3カ年試行したところ、差支えがないことで、爾後その方法によって分水してきた。1912年の土居改修で平林村は意見が合わず、組合内の訴訟となり、5年間係争し、1916年和解となり、現在のような土居に改修された。工事費は308円だった。

鐘鋳堰(返目土居)
出典/撮影 委員
分  類
公共施設(農業用水)
地  域
三輪(﨤目)
年  代
平安時代
資料撮影年次
2025年(令和7年)
◤長野市三輪2丁目6-31付近(返目地区)◢
〔ID 1899〕