間一髪で山体崩壊跡を免れた寺院 信更町安庭の真竜寺
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- 分 類
- 自然(災害、土砂災害)
- 地 域
- 信更
- 年 代
- 1847年/江戸時代
- 資料撮影年次
- 2002年(平成14年)
山の一部が、地震(じしん)や噴火(ふんか)、地下水の働き、あるいは長い間の年の風化(ふうか)などによって、深いところから大きく崩(くず)れ落ちる現象を指す。ゆっくりズレるようにうごくものは「地すべり」と呼ばれる。崩れた土砂が、高速で流れ下る土石流などを引き起こすこともある。
斜面の一部または全部が、地下水などの影響を受けてゆっくりと下方に移動する現象のこと。一気に起きるものは山体崩壊といわれる。土砂災害の一種で、山地や丘陵地でよく発生する。地すべりが起きる場所は泉が多いので、早くから人が生活した場所で、長野市・上水内郡でもそのような場所に遺跡も多い。
大雨などで崩(くず)れた土砂(どしゃ/土や岩のこと)は、谷をせき止めて小さなダムのようなものを作ることがある。そこに、さらに土砂や倒木(とうぼく)、水などが溜まって、重みに耐えきれなくなると、一気に崩(くず)れ、水と土砂や倒木が混じたものが、猛(もう)スピードで流れ下る現象が起きる。これを土石流という。非常に大きな破壊力があり、周囲(しゅうい)に大きな被害(ひがい)を出す。
1847(弘化4)年3月24日に、長野盆地西縁断層帯(ながのぼんちせいえんだんそうたい)を震源(しんげん)として起きた直下型(ちょっかがた)地震。正確な震度(しんど)はわからないが、松代藩(まつしろはん)の家老(かろう)は、「発災直後に松代城に向かうため着替えようとしたが何度も転んだ」と記録している(「むしくら日記」)。あちこちで土砂崩れが起き、なかでも長野市信更(しんこう)で起きた山体崩壊(さんたいほうかい)は犀川をせき止めたので、しばらくして大規模(だいきぼ)な土石流(どせきりゅう)と洪水(こうずい)も発生した。いまでも、その災害のあとをあちこちで観察することができる。
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