今も残る「長野空襲」~小川村高府の火の見櫓 推定される米軍機の飛行
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解説を読む
二つの弾痕(だんこん)の位置関係が変わっていないと仮定すると、これを発射した飛行機の位置が推定できる。どちらの弾痕もそれほど上から撃たれたものではなく、水平に近い弾道(だんどう/弾が飛んだコースのこと)で鉄骨を撃ち抜いて(うちぬいて)いる。写真だと、ちょうど遠景のクリーム色の壁の家くらいの高さから弾が飛んでくる角度である。あくまで推定だが、アメリカ軍の飛行機は、地上から数十mくらいの、かなり低空(ていくう)にまで進入して銃撃を加えたようである。
二つの弾痕(だんこん)の位置関係が変わっていないと仮定すると、これを発射した飛行機の位置が推定できる。どちらの弾痕もそれほど上から撃たれたものではなく、水平に近い弾道(だんどう/弾が飛んだコースのこと)で鉄骨を撃ち抜いて(うちぬいて)いる。写真だと、ちょうど遠景のクリーム色の壁の家くらいの高さから弾が飛んでくる角度である。あくまで推定だが、アメリカ軍の飛行機は、地上から数十mくらいの、かなり低空(ていくう)にまで進入して銃撃を加えたようである。

出典/撮影 委員
- 分 類
- 文化財(史跡、戦争遺跡)
- 地 域
- 小川村
- 年 代
- 1945年(昭和20年)/昭和前期
- 資料撮影年次
- 2025年(令和7年)
〔ID 1779〕















